歯周病と呼吸器の健康|口腔内細菌と肺の意外な関係
Last Updated on 2 weeks ago by prebeau
「口の中の細菌が肺に関係することがある」
そう聞くと、少し意外に感じるかもしれません。
口と肺は離れた臓器のように見えますが、実際には口腔・咽頭・気道は連続しています。
私たちは毎日、
食べる
飲み込む
呼吸する
という動作を繰り返しています。
そのため、口腔内の細菌や唾液と呼吸器の健康との関係については、以前から多くの研究が行われてきました。
特に、
- 高齢者
- 嚥下機能が低下している方
- 要介護状態の方
- 呼吸器疾患のある方
では、口腔環境を適切に維持することが重要です。
ただし、最初に一つ大切なことがあります。
「歯周病があると肺炎になる」
あるいは、
「歯のクリーニングをすれば肺炎を必ず予防できる」
という単純な関係ではありません。
この記事では、口腔内細菌と肺、歯周病と呼吸器疾患、そして誤嚥性肺炎との関係について、現在分かっていることを整理します。
口と肺は「つながっている」
呼吸するとき、空気は、
鼻・口
↓
咽頭
↓
喉頭
↓
気管
↓
肺
へと進みます。
食事や唾液は通常、
口
↓
咽頭
↓
食道
へ進みます。
つまり、咽頭付近では、
空気の通り道と食べ物・唾液の通り道が非常に近い
のです。
私たちの体には、食べ物や唾液が気管へ入らないようにする仕組みがあります。
その重要な働きの一つが**嚥下(えんげ)**です。
「誤嚥」とは?
誤嚥(aspiration)とは、本来は食道へ入るはずの、
- 食べ物
- 飲み物
- 唾液
- 口腔内分泌物
などが気道へ入り込むことです。
健康な方でも、ごく少量の唾液などを睡眠中に誤嚥することがあると考えられています。
通常は、
- 咳反射
- 嚥下反射
- 気道の防御機構
- 免疫機能
などによって対応されます。
しかし、高齢化や神経疾患などによってこれらの機能が低下すると、誤嚥したものを十分に排除できない場合があります。
誤嚥性肺炎と「口腔内細菌」
誤嚥性肺炎を考えるときに重要なのが、
何を誤嚥するか
です。
唾液そのものが問題なのではありません。
口腔内には非常に多くの微生物が存在しています。
口腔衛生状態が悪化すると、歯、舌、義歯などに多くの微生物が付着する可能性があります。
そして、それらを含む唾液や分泌物が気道へ入り、さらに宿主側の防御機能が低下している場合には、肺炎の発症に関与する可能性があります。
特に介護施設などに入居する高齢者を対象としたシステマティックレビューでは、口腔内から呼吸器感染に関連する可能性のある微生物が検出されることや、口腔衛生状態と誤嚥性肺炎リスクとの関係が検討されています。
つまり、
口腔内細菌
+
誤嚥
+
宿主の防御機能低下
という複数の要因を一緒に考える必要があります。
「口の中に細菌がいる=危険」ではありません
ここも誤解しないことが大切です。
健康な人の口の中にも、多くの細菌が存在しています。
口腔内を完全に無菌にすることはできませんし、その必要もありません。
重要なのは、
口腔内細菌そのものをゼロにすることではなく、病原性の高いバイオフィルムや炎症を適切に管理すること
です。
口腔内では、多数の微生物がバイオフィルムという複雑な集合体を作っています。
→ 毎日歯みがきしていても必要?バイオフィルムとプロフェッショナルケア
歯周病と呼吸器疾患には関係がある?
歯周病と呼吸器疾患についても、多くの研究があります。
European Federation of Periodontology(EFP)とWONCA Europeによるコンセンサスでは、歯周炎と、
- COPD(慢性閉塞性肺疾患)
- 閉塞性睡眠時無呼吸
- COVID-19の重症化
などとの関連について研究結果が整理されています。
特にCOPDについては、歯周炎との関連を支持する観察研究があります。
ただし、
歯周病がCOPDを直接引き起こす
と断定できるわけではありません。
COPDとは?
COPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease:慢性閉塞性肺疾患)は、慢性的な気流制限を特徴とする呼吸器疾患です。
最大のリスク因子の一つは喫煙です。
ここで歯周病との研究を考える際に重要なのが、
喫煙は歯周病にとっても重要なリスク因子
だということです。
つまり、
喫煙
↓
歯周病リスク↑
と同時に、
喫煙
↓
COPDリスク↑
という共通要因があります。
そのため、歯周病患者でCOPDが多いという結果だけで、
「歯周病がCOPDの原因」
と結論づけることはできません。
歯周病と呼吸器をつなぐ可能性のあるメカニズム
研究では、いくつかの経路が考えられています。
1.口腔内細菌の誤嚥
口腔や咽頭に存在する微生物が唾液などとともに気道へ入り、呼吸器感染に関与する可能性があります。
特に、
- 高齢者
- 嚥下障害のある方
- 要介護者
- 全身状態が低下している方
では重要になります。
2.口腔内のバイオフィルム
歯や義歯の表面には、細菌がバイオフィルムを形成します。
口腔衛生状態が悪化すると、呼吸器感染に関連する微生物が口腔内に定着しやすくなる可能性について研究されています。
そのため、
歯だけではなく舌や義歯を含めた口腔管理
が重要です。
3.慢性炎症
歯周炎では、
- IL-1β
- IL-6
- TNF-α
などの炎症性メディエーターが関与します。
そして歯周炎と全身性炎症との関係についても研究が行われています。
そのため、
歯周炎による慢性炎症が、呼吸器疾患の炎症状態とどのように関係するのか
という視点もあります。
→ 歯周病はなぜ全身と関係する?「慢性炎症」を生理学から考える
誤嚥性肺炎は「歯周病だけ」の問題ではありません
誤嚥性肺炎について、
「歯周病があるから肺炎になる」
という説明は正確ではありません。
誤嚥性肺炎には、
- 嚥下機能
- 咳反射
- 全身状態
- 栄養状態
- 意識状態
- 神経疾患
- 口腔衛生
- 微生物
- 加齢
など複数の要因が関係します。
つまり、
口腔衛生は重要な要素の一つですが、唯一の要因ではありません。
高齢者ではなぜ特に口腔ケアが重要なのでしょうか?
年齢を重ねると、
- 唾液量の低下
- 手指機能の低下
- 視力の低下
- 嚥下機能の低下
- 咳反射の低下
- 義歯使用
- 多剤服用
などが重なることがあります。
その結果、自分だけでは十分に口腔内を管理できなくなる場合があります。
さらに認知機能が低下すると、
- 歯みがきを忘れる
- 義歯を清掃できない
- 痛みを伝えにくい
- 歯科受診が難しくなる
といった問題も起こります。
→ 口の健康と認知機能には関係がある?歯の喪失・歯周病と脳をめぐる研究
高齢期の口腔管理では、
「むし歯にならないようにする」だけではなく、口腔内の微生物環境と口腔機能を適切に維持する
という視点が重要になります。
口腔ケアをすれば肺炎を予防できる?
これは非常に重要な質問です。
介護施設などの高齢者を対象とした研究では、プロフェッショナルな口腔ケアによって肺炎リスクが低下する可能性が報告されています。
一方で、研究によって対象者、口腔ケア方法、肺炎の診断基準などが異なり、エビデンスには限界もあります。
そのため、
「歯科クリーニングをすれば誤嚥性肺炎を必ず防げる」
とは言えません。
しかし、
- 歯
- 歯肉
- 舌
- 義歯
を清潔に保ち、口腔内の病原性バイオフィルムを適切に管理することは、高齢者の健康管理において重要な要素です。
義歯の清掃も忘れない
歯が少ない方の場合、
「もう歯が少ないから歯周病は関係ない」
と思うかもしれません。
しかし、口腔管理の対象は歯だけではありません。
義歯表面にもバイオフィルムは形成されます。
そのため、
- 義歯を毎日清掃する
- 必要に応じて義歯洗浄剤を使用する
- 口腔粘膜や舌も清潔にする
- 義歯の適合を確認する
といった管理も重要です。
舌の清掃も必要?
舌の表面には舌苔が付着することがあります。
舌苔には多くの微生物が存在するため、口臭との関連だけでなく、口腔内の微生物環境を考えるうえでも重要です。
ただし、
舌を強くゴシゴシ磨けばよい
というわけではありません。
過度な舌清掃は粘膜を傷つける可能性があります。
舌ブラシなどを使用する場合には、力を入れすぎないことが大切です。
「歯みがきだけ」では難しい場所もあります
毎日の歯みがきは口腔管理の基本です。
しかし、
- 歯と歯の間
- 歯肉との境目
- 歯周ポケット
- 義歯の複雑な部分
などはセルフケアだけでは管理しにくいことがあります。
だからこそ、
セルフケア
+
必要に応じたプロフェッショナルケア
という考え方が大切です。
→ 毎日歯みがきしていても必要?バイオフィルムとプロフェッショナルケア
「痛くない」歯周病にも注意
歯周病があっても、強い痛みが出ないケースは珍しくありません。
そのため、
「歯ぐきから少し血が出るだけ」
「痛くないから問題ない」
と放置してしまうことがあります。
しかし、歯周炎が慢性化すると歯を支える組織が徐々に失われる場合があります。
→ 「痛くないから大丈夫」は本当?歯周病が静かに進行する理由
高齢になってから口腔機能を維持するためにも、若い時期から歯周病を管理しておくことが重要です。
生理学から考える「口と肺」
口腔と呼吸器の関係は、
「口は体の入口である」
ということを非常に分かりやすく示しています。
私たちは毎日、
空気を吸い、
唾液を飲み込み、
食事をします。
そのたびに、
- 呼吸器
- 消化器
- 神経系
- 筋肉
- 免疫系
が協調して働いています。
特に「飲み込む」という行為は、非常に精密な神経・筋活動によって成り立っています。
だからこそ、加齢や疾患によってその機能が低下すると、口腔環境が呼吸器の健康にも関係しやすくなります。
口を単独の臓器として見るのではなく、
体の入口として考える。
これも予防歯科を考えるうえで大切な視点です。
PreBeau Oral Careが考える予防
予防歯科というと、
「むし歯を作らない」
「歯周病にならない」
ためのものと思われるかもしれません。
もちろん、それは重要です。
しかし、自分の歯と口腔機能を長く維持することは、
食べる
話す
飲み込む
人と生活する
という日常そのものにもつながっています。
PreBeau Oral Careでは、
悪くなった歯を繰り返し治療するだけではなく、できるだけ炎症や病気を起こしにくい口腔環境を維持する
ことを大切にしています。
予防・クリーニング・メンテナンスについてはこちらをご覧ください。
→ 赤坂で予防歯科・歯のクリーニング|PreBeau Oral Careのメンテナンス
まとめ|口腔環境と肺は完全に無関係ではありません
口と肺は、咽頭・気道を介してつながっています。
特に、
口腔内細菌
↓
唾液・分泌物
↓
誤嚥
↓
宿主側の防御機能低下
↓
呼吸器感染への関与
という経路は、高齢者や嚥下機能が低下した方で重要になります。
また、歯周炎とCOPDなどの呼吸器疾患との関連についても研究されています。
しかし、
「歯周病=肺炎の原因」
あるいは、
「歯科クリーニング=肺炎予防」
と単純に考えることはできません。
誤嚥性肺炎や呼吸器疾患には、多くの因子が関係します。
それでも、
歯・歯肉・舌・義歯を含め、口腔内をできるだけ良い状態に維持する。
そのことは、歯を守るだけでなく、高齢期の健康管理という視点からも重要です。
よくある質問
Q. 歯周病があると肺炎になりますか?
歯周病があるから必ず肺炎になるわけではありません。肺炎には嚥下機能、全身状態、免疫機能、年齢、微生物など多くの要因が関係します。ただし、口腔衛生状態や口腔内細菌は、特に誤嚥リスクの高い高齢者では重要な要素の一つです。
Q. 歯周病菌を誤嚥すると肺炎になりますか?
口腔内の微生物を含む唾液などが気道へ入ることはありますが、それだけで必ず肺炎になるわけではありません。誤嚥量、微生物の種類、咳反射、免疫状態、全身状態など複数の要因が関係します。
Q. 口腔ケアをすれば誤嚥性肺炎を予防できますか?
高齢者を対象とした研究では、プロフェッショナルな口腔ケアが肺炎リスクを低下させる可能性が報告されています。ただし、すべての肺炎を予防できると証明されたわけではありません。口腔ケアは肺炎対策の一要素として考えることが適切です。
Q. 歯がほとんどなくても口腔ケアは必要ですか?
必要です。舌や粘膜、義歯にも微生物は付着します。歯が少ない、あるいは無歯顎であっても、義歯・舌・口腔粘膜を含めた口腔ケアが重要です。
参考文献・情報源
- Herrera D, Sanz M, Shapira L, et al. Association between periodontal diseases and cardiovascular diseases, diabetes and respiratory diseases: Consensus report of the Joint Workshop by the European Federation of Periodontology and WONCA Europe. J Clin Periodontol. 2023;50(6):819-841.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36935200/ - Herrera D, Sanz M, Shapira L, et al. Periodontal diseases and cardiovascular diseases, diabetes, and respiratory diseases: Summary of the consensus report by the European Federation of Periodontology and WONCA Europe. Eur J Gen Pract. 2024;30(1):2320120.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38511739/ - Khadka S, Khan S, King A, Goldberg LR, Crocombe L, Bettiol S. Poor oral hygiene, oral microorganisms and aspiration pneumonia risk in older people in residential aged care: a systematic review. Age Ageing. 2021;50(1):81-87.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32677660/ - European Federation of Periodontology. Perio & Family Doctors: periodontal and systemic health.
https://www.efp.org/news-events/news/periodontists-and-family-physicians-call-for-greater-collaboration-to-reduce-the-burden-of-noncommunicable-diseases-30929/
※本記事は、口腔の健康と呼吸器疾患・誤嚥性肺炎に関する一般的な医学・歯学情報の提供を目的としています。呼吸器疾患、嚥下障害、肺炎の診断・治療については医師等の専門家に、歯周病や口腔状態については歯科医師にご相談ください。
執筆・監修:歯科医師 毛利国安
PreBeau Oral Care