口の健康と認知機能には関係がある?歯の喪失・歯周病と脳をめぐる研究
Last Updated on 2 weeks ago by prebeau
「歯が少ないと認知症になりやすい」
「よく噛むことは脳にいい」
「歯周病菌が認知症の原因になる」
インターネットでは、このような情報を目にすることがあります。
では実際に、歯の喪失や歯周病と認知機能には関係があるのでしょうか。
近年、口腔の健康と認知機能について多くの研究が行われています。
特に、
- 歯の喪失
- 咀嚼機能
- 歯周病
- 口腔衛生
と、認知機能低下や認知症との関連が注目されています。
ただし、最初に大切なことをお伝えします。
「歯が少ない人に認知症が多い」という関連があったとしても、「歯を失うことが認知症の直接の原因である」とは限りません。
認知症は非常に複雑な病態であり、
- 年齢
- 遺伝
- 高血圧
- 糖尿病
- 喫煙
- 運動不足
- 社会的孤立
- 教育歴
- 聴力低下
- 脳血管疾患
など多くの要因が関係します。
この記事では、現在どこまで分かっているのかを、歯科医師の視点から整理します。
そもそも「認知機能」とは?
認知機能とは、
- 記憶
- 注意
- 判断
- 言語
- 問題解決
- 空間認識
など、私たちが考え、理解し、生活していくために必要なさまざまな脳の働きの総称です。
加齢によって多少変化することはありますが、認知症は単なる「年齢による物忘れ」とは異なります。
WHOによると、認知症は脳を障害するさまざまな病気によって生じ、記憶や思考、日常生活能力などが低下していく状態です。
そしてWHOが現在示している認知症の主なリスク因子には、
- 高血圧
- 高血糖・糖尿病
- 肥満
- 喫煙
- 過度の飲酒
- 運動不足
- 社会的孤立
- 低い教育歴
などがあります。
歯周病や歯の喪失は、現時点でWHOが主要な確立した認知症リスク因子として列挙しているわけではありません。
ここは非常に重要です。
では、なぜ「歯」と「認知機能」が研究されているのでしょうか?
理由の一つは、疫学研究で、
歯が少ない人ほど認知機能低下や認知症が多い
という関連が繰り返し報告されているからです。
2021年のメタ解析では、34,000人以上を含む14研究を解析した結果、歯の喪失が多い人では、認知機能低下や認知症との関連が認められました。
さらに、歯を失った本数が増えるにつれてリスクが高くなる**dose-response relationship(量反応関係)**も報告されています。
別の2023年のメタ解析でも、18のコホート研究、35万人以上を対象として、歯の喪失と認知機能低下・認知症との関連が検討されています。
つまり、
「歯の喪失と認知機能には何らかの関連がある可能性」
については、かなり多くの研究が存在しています。
しかし、ここからが重要です。
「歯が抜けると認知症になる」とは言えません
研究で関連が認められても、因果関係が証明されたわけではありません。
なぜなら、歯の喪失と認知症には、共通する要因が非常に多いからです。
たとえば、
- 年齢
- 喫煙
- 糖尿病
- 栄養状態
- 社会経済的状況
- 医療アクセス
- 教育歴
- 全身疾患
などです。
高齢であるほど歯を失いやすくなり、同時に認知症のリスクも高くなります。
また、糖尿病や喫煙などは、歯周病にも認知機能低下にも関係する可能性があります。
つまり、
歯の喪失
↓
認知症
という一本道だけでは説明できません。
「逆因果」の可能性もあります
さらに難しいのが**reverse causation(逆因果)**です。
たとえば認知機能が低下すると、
- 歯みがきが難しくなる
- フロスが使いにくくなる
- 歯科受診が減る
- 食生活が変化する
- 義歯の管理が難しくなる
といったことが起こる可能性があります。
その結果、
認知機能低下
↓
口腔ケアが難しくなる
↓
むし歯・歯周病
↓
歯の喪失
という反対方向の流れも考えられます。
つまり、
口腔状態が認知機能に影響している可能性
だけでなく、
認知機能が口腔状態に影響している可能性
も考慮する必要があります。
なぜ「噛むこと」と脳が研究されているのでしょうか?
歯の喪失と認知機能との関連を説明する仮説の一つが、咀嚼機能です。
歯を多く失うと、食べ物を噛む能力が低下する場合があります。
咀嚼は単なる顎の運動ではありません。
歯根膜、顎関節、咀嚼筋、舌などから多くの感覚情報が神経系へ送られています。
そのため研究では、
咀嚼による感覚入力や脳血流、神経活動などが認知機能とどのように関係するのか
について検討されています。
動物研究では、咀嚼機能の低下と海馬など脳領域との関係を調べた研究もあります。
ただし、人間において、
「よく噛めば認知症を予防できる」
と断定できる臨床的エビデンスはまだありません。
歯を失うと「食べるもの」も変わる可能性があります
もう一つ考えられている経路が栄養です。
歯を失ったり噛みにくくなったりすると、
- 硬い野菜
- 果物
- 肉類
- ナッツ類
などを避けるようになることがあります。
その結果、食事内容や栄養状態が変化する可能性があります。
栄養状態は、
- 筋肉
- 免疫
- 心血管系
- 脳機能
など全身に影響します。
そのため、
歯の喪失
↓
咀嚼機能低下
↓
食事内容・栄養状態の変化
↓
全身状態への影響
という間接的な経路も研究されています。
歯周病と認知症の関連も研究されています
歯の本数だけではありません。
近年では、歯周炎と認知症との関連についても研究が増えています。
2025年に発表されたシステマティックレビュー・メタ解析では、24の症例対照研究・コホート研究を解析し、歯周炎と認知症との関連が報告されました。
特に重度歯周炎で関連が強くみられたとされています。
一方で、著者らもこの分野の関連については議論が続いていることを前提として分析しています。
つまり、
「歯周病と認知症には関連を示す研究がある」
というところまでは言えますが、
「歯周病が認知症の原因である」
と結論づけるには不十分です。
なぜ歯周病と脳が関係する可能性があるのでしょうか?
歯周炎と認知機能との関連については、いくつかの仮説が研究されています。
その一つが慢性炎症です。
歯周炎では、
- IL-1β
- IL-6
- TNF-α
などの炎症性メディエーターが関与します。
さらに一過性菌血症などを通じて、口腔内細菌や細菌由来成分が全身へ影響する可能性も検討されています。
そのため、
歯周炎
↓
慢性炎症
↓
全身性炎症
↓
神経炎症などとの関連
という経路が研究されています。
ただし、これは現時点では考えられている生物学的メカニズムの一つです。
→ 歯周病はなぜ全身と関係する?「慢性炎症」を生理学から考える
「歯周病菌が脳に行って認知症を起こす」と言える?
ここは特に慎重に扱う必要があります。
一部の研究では、歯周病関連細菌やその成分とアルツハイマー病との関係が調べられています。
しかし、
「歯周病菌が脳へ行くことがアルツハイマー病の原因である」
という因果関係が確立しているわけではありません。
研究段階のメカニズムを、そのまま患者さんへの「確定した原因」として説明するのは適切ではありません。
口腔と脳をめぐる研究は興味深い分野ですが、
仮説と確立した医学的事実を分けて考える
ことが重要です。
義歯を使えば認知症を防げるのでしょうか?
歯の喪失と認知機能に関する研究の中には、義歯使用の有無を調べたものもあります。
2021年のメタ解析では、歯の喪失と認知機能低下との関連がみられた一方、義歯を使用している人ではその関連が明確ではなかったという結果も報告されています。
これは非常に興味深い結果です。
しかし、
「義歯を使えば認知症を予防できる」
と解釈することはできません。
義歯を使用できる人とできない人では、
- 健康状態
- 経済状態
- 医療アクセス
- 認知機能
- 社会環境
などが異なる可能性があるためです。
義歯やその他の補綴治療の第一の目的は、
失われた咀嚼・発音・審美などの口腔機能を回復すること
です。
口腔ケアそのものと認知機能の研究もあります
近年では、
- 歯みがき
- フロス
- 義歯清掃
- 定期的な歯科受診
などの口腔衛生行動と認知機能低下との関連を調べた研究もあります。
2024年のシステマティックレビュー・メタ解析でも、口腔衛生行動と認知機能低下との関連について評価されています。
ただし、ここでも、
「歯をみがけば認知症を防げる」
という単純な結論ではありません。
口腔衛生行動が良好な人は、
- 健康意識が高い
- 食生活が良い
- 運動習慣がある
- 医療アクセスが良い
など、別の健康行動も良好である可能性があります。
こうした交絡因子を考える必要があります。
認知症になってからの「口腔管理」も非常に重要
口腔と認知症について考えるとき、
「口腔状態が認知症の原因になるか」
という方向ばかり注目されがちです。
しかし、臨床的にはもう一つ非常に重要な方向があります。
それは、
認知機能が低下した方の口腔をどう守るか
です。
認知機能が低下すると、
- 歯みがきの手順が分からなくなる
- 義歯を外して洗うことが難しくなる
- 痛みをうまく伝えられなくなる
- 歯科受診が難しくなる
などの問題が起こることがあります。
その結果、
- むし歯
- 歯周病
- 歯の喪失
- 口腔感染
- 咀嚼機能低下
が進む可能性があります。
高齢期の口腔管理では、この視点も非常に重要です。
「歯を守る目的」は認知症予防だけではありません
ここまで読むと、
「では、認知症を防ぐために歯を守ればいいの?」
と思うかもしれません。
しかし、歯を守る目的を認知症予防だけに限定する必要はありません。
自分の歯をできるだけ維持することには、
- 食べる
- 話す
- 笑う
- 栄養を摂る
- 人と食事を楽しむ
といった、もっと直接的で確立したメリットがあります。
WHOも歯の喪失について、機能的制限だけでなく、心理的・社会的な影響があり得ることを示しています。
歯を守ること自体に十分な価値があります。
歯を失う原因をできるだけ減らす
成人が歯を失う主な原因には、
- 歯周病
- むし歯
- 歯の破折
などがあります。
特に歯周病は強い痛みがないまま進行する場合があります。
→ 「痛くないから大丈夫」は本当?歯周病が静かに進行する理由
そのため、
「痛くなってから治療する」
だけではなく、
歯を失う原因をできるだけ早い段階から管理する
という予防の考え方が重要です。
バイオフィルムを継続的に管理する
歯周病予防の基本の一つは、口腔内のバイオフィルム管理です。
毎日の歯みがきやフロスは欠かせません。
しかし、歯周ポケットや歯並びなどによっては、自分では管理しにくい部分があります。
→ 毎日歯みがきしていても必要?バイオフィルムとプロフェッショナルケア
セルフケアと歯科医院でのプロフェッショナルケアを組み合わせ、
できるだけ長く自分の歯と口腔機能を維持する
ことが大切です。
PreBeau Oral Careが考える「口から健康を考える」ということ
人体は、
歯、
脳、
心臓、
血管、
筋肉、
消化器、
と完全に別々のシステムとして動いているわけではありません。
生理学では、神経、血流、免疫、代謝などを介して、それぞれの器官が相互に影響し合うものとして人体を考えます。
だからこそ、口腔の健康と認知機能について研究が進むことは、とても興味深いことだと思います。
しかし同時に、
「歯を守れば認知症にならない」
というような単純な説明は科学的ではありません。
PreBeau Oral Careが大切にしているのは、
まだ証明されていない効果を期待して予防することではなく、今ある歯と口腔機能をできるだけ健康な状態で長く維持すること。
その結果として、
食べる。
話す。
笑う。
人と関わる。
といった毎日の生活を支えていくことです。
→ 赤坂で予防歯科・歯のクリーニング|PreBeau Oral Careのメンテナンス
まとめ|「関連がある」と「原因である」は違います
現在の研究では、
歯の喪失と認知機能低下・認知症との関連
そして、
歯周炎と認知症との関連
を示す研究が多数あります。
その背景として、
歯の喪失
→ 咀嚼機能
→ 栄養・感覚入力など
また、
歯周炎
→ 慢性炎症
→ 全身性炎症・神経炎症など
といった複数の経路が研究されています。
一方で、
- 年齢
- 糖尿病
- 喫煙
- 社会経済的要因
- 栄養
- 医療アクセス
- 認知機能低下によるセルフケア低下
など、多くの交絡因子や逆因果も存在します。
そのため現時点では、
「歯周病や歯の喪失が認知症を直接引き起こす」
あるいは、
「歯科メンテナンスを受ければ認知症を予防できる」
と断定することはできません。
だからといって、口腔を健康に保つ意味が小さくなるわけではありません。
自分の歯で食べ、話し、笑う。
その機能をできるだけ長く維持すること自体が、健康な生活を支える大切な目的です。
よくある質問
Q. 歯が少ないと認知症になりますか?
歯の喪失と認知機能低下・認知症との関連を示す研究はありますが、歯が少ないことが認知症の直接の原因と証明されたわけではありません。年齢、糖尿病、喫煙、栄養状態、社会環境など多くの要因が関係します。
Q. 歯周病菌がアルツハイマー病の原因になりますか?
歯周病関連細菌や炎症とアルツハイマー病との関連について研究されていますが、歯周病菌がアルツハイマー病を直接引き起こすという因果関係は確立していません。
Q. よく噛めば認知症を予防できますか?
咀嚼機能と認知機能との関連について研究は行われていますが、「よく噛めば認知症を予防できる」と断定できる十分な臨床的エビデンスはありません。ただし、咀嚼機能を維持することは栄養や食事、QOLの観点から重要です。
Q. 歯科メンテナンスで認知症を予防できますか?
現時点では、歯科メンテナンスによって認知症を予防できると証明されたわけではありません。メンテナンスの主な目的は、むし歯や歯周病を予防・管理し、自分の歯と口腔機能をできるだけ長く維持することです。
参考文献・情報源
- Qi X, Zhu Z, Plassman BL, Wu B. Dose-Response Meta-Analysis on Tooth Loss With the Risk of Cognitive Impairment and Dementia. J Am Med Dir Assoc. 2021.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34579934/ - Chen J, et al. Tooth loss and the risk of cognitive decline and dementia: A meta-analysis of cohort studies.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37139053/ - Kim DH, Han GS. Periodontitis as a risk factor for dementia: A systematic review and meta-analysis. J Evid Based Dent Pract. 2025.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40335202/ - Wu B, et al. Association Between Oral Hygiene Behaviours and Cognitive Decline in Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39373499/ - World Health Organization. Dementia.
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/dementia - World Health Organization. Oral health.
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/oral-health
※本記事は、口腔の健康と認知機能・認知症に関する一般的な医学・歯学情報の提供を目的としています。認知機能低下や認知症の診断・治療については医師・専門医に、歯周病や口腔状態については歯科医師にご相談ください。
執筆・監修:歯科医師 毛利国安
PreBeau Oral Care