歯周病と心臓・血管の健康|口の炎症は心血管疾患と関係する?
Last Updated on 2 weeks ago by prebeau
歯周病と心臓・血管の健康|口の炎症は心血管疾患と関係する?
「歯周病があると、心臓病になりやすい」
このような話を聞いたことがあるかもしれません。
一見すると、歯ぐきと心臓はまったく別の場所に見えます。
しかし近年、歯周病と心筋梗塞や脳卒中などの**心血管疾患(cardiovascular disease:CVD)**との関連について、多くの研究が行われています。
European Federation of Periodontology(EFP)とWorld Heart Federation(WHF)のコンセンサスレポートでも、歯周炎と動脈硬化性心血管疾患との間には、疫学的な関連を支持するエビデンスがあるとまとめられています。
ただし、ここで最初に大切なことがあります。
「歯周病と心血管疾患に関連がある」ことと、「歯周病が心筋梗塞や脳卒中を直接引き起こす」ことは同じではありません。
さらに、
「歯周病を治療すれば心筋梗塞や脳卒中を予防できる」
と断定できるわけでもありません。
この記事では、現在どこまで分かっているのかを、炎症・血管・免疫という視点からわかりやすく解説します。
そもそも「心血管疾患」とは?
心血管疾患とは、心臓や血管に関係する病気の総称です。
代表的なものには、
- 冠動脈疾患
- 心筋梗塞
- 狭心症
- 脳梗塞・脳卒中
- 末梢動脈疾患
などがあります。
これらの中でも重要な病態の一つが、**動脈硬化(atherosclerosis)**です。
動脈硬化は単に「血管が古くなって硬くなる」という現象ではありません。
脂質代謝、血管内皮、免疫反応、炎症などが複雑に関係する病態です。
そこで、歯周病との間に共通するキーワードとして注目されているのが、
「慢性炎症」
なのです。
歯周病も「慢性炎症性疾患」です
歯周病は、単に歯ぐきに細菌がいる病気ではありません。
歯と歯ぐきの境目に形成される細菌性バイオフィルムと、それに対する私たち自身の免疫・炎症反応が関係する病気です。
炎症が長く続くと、
- 歯肉
- 歯根膜
- 歯槽骨
などの歯を支える組織が破壊されていきます。
つまり、歯周炎は口腔内で起こる慢性的な炎症性疾患と考えることができます。
→ 歯周病はなぜ全身と関係する?「慢性炎症」を生理学から考える
では、歯ぐきの炎症と血管はどうつながるのでしょうか?
歯周病と心血管疾患との関連を説明する仕組みとして、主にいくつかの経路が研究されています。
1.歯周組織から細菌が血流に入る可能性
進行した歯周病では、歯と歯ぐきの間に深い歯周ポケットが形成されます。
その内部では慢性的な炎症が起こり、歯肉のバリア機能が損なわれることがあります。
そのため、
- 歯をみがく
- フロスを使う
- 食事をする
といった日常的な刺激でも、口腔内細菌が一時的に血流へ入る一過性菌血症が起こることがあります。
これは歯周病患者だけに起こる現象ではありません。
しかし、炎症面積の大きい歯周炎では、このような細菌や細菌由来成分の全身への曝露が、心血管疾患との関連を説明する候補の一つとして研究されています。
2.「細菌そのもの」だけではありません
歯周病と血管との関係を、
「歯周病菌が血管に行って詰まらせる」
と説明してしまうのは正確ではありません。
むしろ重要なのは、細菌や細菌由来成分に対して起こる宿主の免疫・炎症反応です。
歯周組織で炎症が起こると、
- IL-1β
- IL-6
- TNF-α
など、さまざまな炎症性メディエーターが関与します。
また、歯周炎と血液中のCRP(C反応性タンパク)などの炎症マーカーとの関連も研究されています。
EFP・WHFのコンセンサスでも、歯周病と心血管疾患との生物学的なつながりとして、菌血症、全身性炎症、CRP上昇、酸化ストレスなどが検討されています。
3.血管内皮への影響
血管の内側には、**血管内皮(vascular endothelium)**と呼ばれる細胞層があります。
血管内皮は、単に血液を通す「管の内側」ではありません。
血管の収縮・拡張、血液凝固、炎症反応などを調節する重要な組織です。
動脈硬化の初期には、この血管内皮の機能異常が関係すると考えられています。
歯周炎患者では血管内皮機能が低下している可能性や、歯周治療によって一部の血管機能指標が改善する可能性についても研究されています。
ただし、こうした代理指標の改善=心筋梗塞を予防できるという意味ではありません。
ここは分けて考える必要があります。
4.慢性炎症と動脈硬化
現在、動脈硬化そのものも炎症が関与する疾患として理解されています。
血管壁では、
- 脂質
- マクロファージ
- サイトカイン
- 酸化ストレス
- 血管内皮機能
などが複雑に関係しながら、動脈硬化性プラークが形成・進展します。
一方、歯周病も慢性的な炎症を伴う疾患です。
そのため研究では、
歯周組織の慢性炎症
↓
菌血症・炎症性シグナル
↓
全身性炎症への影響
↓
血管内皮・動脈硬化との関連
という経路が検討されています。
ただし、人体はこれほど単純な一本道ではありません。
複数の因子が同時に関係しています。
歯周病と心血管疾患には「共通するリスク因子」も多い
ここが非常に重要です。
歯周病と心血管疾患には、
- 喫煙
- 糖尿病
- 加齢
- 肥満
- 食生活
- 運動習慣
- 社会経済的要因
など、共通するリスク因子があります。
そのため、
「歯周病の人に心臓病が多かった」
という研究結果だけを見て、
「歯周病が心臓病の原因だ」
と結論づけることはできません。
研究では、このような交絡因子を統計的に調整したうえで分析が行われます。
EFP・WHFのコンセンサスでは、既知の心血管リスク因子を考慮しても、重度歯周炎と心血管疾患との独立した関連を示す疫学的エビデンスがあると整理されています。
それでも、
疫学的関連=直接的な因果関係
ではありません。
この区別はとても重要です。
歯周病の人は心筋梗塞になりやすいのでしょうか?
研究全体を見ると、歯周炎のある人では、将来の動脈硬化性心血管疾患のリスクが高いという関連が報告されています。
EFPとWorld Heart Federationによる2020年のコンセンサスレポートでも、この関連を支持する疫学的エビデンスがまとめられています。
2023年のEFPとWONCA Europeによるコンセンサスでも、歯周炎は心血管疾患と独立して関連していると整理されています。
しかし、
「歯周病患者の何%が心筋梗塞になる」
というように単純化して伝えることはできません。
個人の心血管リスクは、
- 血圧
- LDLコレステロール
- 糖尿病
- 喫煙
- 年齢
- 遺伝
- 運動
- 肥満
など多くの要因によって大きく変わるからです。
「歯周病を治せば心筋梗塞を防げる」はまだ言えません
ここは非常に重要なので、はっきり分けておきます。
歯周治療を行うと、
- 歯肉の炎症
- 歯周ポケット
- 出血
などが改善します。
さらに研究では、
- CRPなどの炎症マーカー
- 血管内皮機能
- 一部の心血管リスクの代理指標
が改善する可能性も報告されています。
しかし、
歯周病治療によって心筋梗塞や脳卒中そのものの発症を減らせるかどうかについては、まだ十分な臨床的エビデンスがあるとはいえません。
つまり、
歯周病と心血管疾患の関連
と、
歯周治療による心血管イベント予防効果
は別の問題です。
では、心臓の健康のために歯周病治療を受けるべき?
少し考え方を変えると分かりやすくなります。
歯周病を治療する第一の理由は、
歯周病そのものを治療するため
です。
歯周病を放置すると、
- 歯ぐきからの出血
- 口臭
- 歯周ポケットの深化
- 歯槽骨の吸収
- 歯の動揺
- 歯の喪失
につながる可能性があります。
つまり、心臓との関連が仮になかったとしても、歯周病は治療・管理する必要があります。
そのうえで、
口腔の慢性炎症を適切に管理することは、全身の健康を考えるうえでも理にかなっている
と考えるのが適切です。
糖尿病がある方は特に注意
心血管疾患と歯周病の両方に関係する代表的なものの一つが糖尿病です。
糖尿病、とくに血糖コントロールが不十分な状態では、歯周病が悪化しやすくなることが知られています。
一方、糖尿病自体も心血管疾患の重要なリスク因子です。
そのため、
糖尿病
+
歯周病
+
心血管リスク
を完全に別々のものとして考えることは適切ではありません。
→ 歯周病と糖尿病はなぜ関係する?知っておきたい「双方向」の関係
医科と歯科が連携しながら、それぞれのリスクを適切に管理することが大切です。
歯科医院が「心臓病を治す場所」になるわけではありません
口腔と全身の関係が注目されるようになると、ときどき極端な情報も見かけます。
たとえば、
「歯周病治療で心筋梗塞を予防できる」
「歯石を取れば血管がきれいになる」
といった表現です。
現在の科学的根拠から、そこまで単純に言うことはできません。
歯科医師の役割は心血管疾患を診断・治療することではありません。
ただし、歯科診療の中で、
- 高血圧
- 糖尿病
- 喫煙
- 心血管疾患の既往
などが分かる場合があります。
必要に応じて医科への受診を勧めることは、医科歯科連携という意味でも重要です。
生理学から見ると「歯ぐき」と「血管」は完全には切り離せない
人体では、
口腔は口腔。
心臓は心臓。
血管は血管。
と完全に独立して動いているわけではありません。
血液が全身を循環し、
免疫細胞が移動し、
サイトカインなどの生理活性物質が情報を伝えています。
生理学では、人体をそれぞれの器官が相互に影響し合う一つのシステムとして考えます。
歯周病と心血管疾患との研究は、その考え方を理解しやすい例の一つです。
だからといって、
「口を治せば心臓も治る」
ということではありません。
大切なのは、
口腔も全身を構成する一部であり、慢性的な炎症をできるだけ放置しない
という考え方です。
痛みがない歯周病にも注意
歯周病は、心筋梗塞のように突然激しい症状が出る病気ではありません。
むしろ、
ほとんど痛みがないまま進行することがある
のが特徴です。
「痛くない」
「普通に食べられる」
というだけでは、歯周組織が健康とは限りません。
→ 「痛くないから大丈夫」は本当?歯周病が静かに進行する理由
歯周ポケット、歯肉出血、歯槽骨などを定期的に確認することが重要です。
バイオフィルムを継続的に管理する
歯周病予防・管理の基本となるのは、口腔内のバイオフィルムコントロールです。
毎日の歯みがき、フロス、歯間ブラシなどによるセルフケアは欠かせません。
しかし、自分では清掃しにくい場所や、歯周ポケット内などはプロフェッショナルケアが必要になることがあります。
→ 毎日歯みがきしていても必要?バイオフィルムとプロフェッショナルケア
大切なのは、
「一度クリーニングしたら終わり」ではなく、炎症が起こりにくい口腔環境を継続的に維持すること
です。
PreBeau Oral Careが予防を大切にする理由
歯周病と心血管疾患の関係を見ても、
「歯だけを見ていればよい」
とは考えにくくなっています。
もちろん、歯科医院で心臓病を治療するわけではありません。
しかし、
口腔の炎症をできるだけ少ない状態に保ち、自分の歯と口腔機能を長く維持する。
それは、健康な生活を支える一つの大切な要素です。
PreBeau Oral Careでは、
「悪くなってから治療する」だけではなく、「できるだけ悪くならない状態を維持する」
ことを重視しています。
予防歯科・クリーニング・メンテナンスについてはこちらをご覧ください。
→ 赤坂で予防歯科・歯のクリーニング|PreBeau Oral Careのメンテナンス
まとめ|「関連」と「因果関係」を分けて考える
歯周病と心臓・血管の健康については、多くの研究が行われています。
現在の科学的知見では、
歯周炎と心血管疾患には疫学的な関連がある
ことを支持するエビデンスがあります。
その背景として、
歯周炎
↓
菌血症・細菌由来成分
+
慢性炎症
↓
全身性炎症・血管内皮・酸化ストレスなどへの影響
↓
心血管疾患との関連
といった複数のメカニズムが研究されています。
ただし、
歯周病が心筋梗塞や脳卒中を直接引き起こす
あるいは、
歯周病治療を受ければ心筋梗塞や脳卒中を予防できる
と単純に結論づけることはできません。
科学的に分かっていることと、まだ分かっていないことを区別する。
そのうえで、歯周病という慢性炎症を放置せず、お口を健康な状態に維持する。
それが、歯科からできる大切な健康管理の一つです。
よくある質問
Q. 歯周病があると心筋梗塞になりますか?
歯周炎と心血管疾患との間には疫学的な関連が報告されていますが、歯周病があるから必ず心筋梗塞になるわけではありません。心血管疾患には高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙、年齢など多くのリスク因子が関係します。
Q. 歯周病菌が心臓まで行くことはありますか?
歯周組織に炎症がある場合、ブラッシングや咀嚼などに伴って口腔内細菌が一時的に血流へ入ることがあります。このような菌血症やそれに伴う炎症反応は、歯周病と心血管疾患との関連を説明するメカニズムの一つとして研究されています。
Q. 歯石を取れば心筋梗塞を予防できますか?
現時点では、歯周治療によって心筋梗塞や脳卒中そのものを予防できると断定できる十分なエビデンスはありません。歯周治療の主な目的は、歯周病を改善し、歯と口腔機能を守ることです。
Q. 心臓病がある場合でも歯科治療を受けられますか?
多くの場合は可能ですが、心疾患の種類や状態、服用している薬、過去の治療歴などによって歯科治療上の注意点が異なります。抗血小板薬・抗凝固薬などを服用している場合もあるため、必ず歯科医師に病歴と服薬内容を伝えてください。必要に応じて主治医と連携します。
参考文献・情報源
- Sanz M, Marco Del Castillo A, Jepsen S, et al. Periodontitis and cardiovascular diseases: Consensus report. J Clin Periodontol. 2020;47(3):268-288.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32011025/ - Sanz M, Marco del Castillo A, Jepsen S, et al. Periodontitis and Cardiovascular Diseases. Consensus Report. Global Heart. 2020.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32489774/ - Tonetti MS, Van Dyke TE, et al. Periodontitis and atherosclerotic cardiovascular disease: consensus report of the Joint EFP/AAP Workshop on Periodontitis and Systemic Diseases.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29537596/ - Herrera D, Sanz M, Shapira L, et al. Association between periodontal diseases and cardiovascular diseases, diabetes and respiratory diseases: Consensus report of the Joint Workshop by the EFP and WONCA Europe. J Clin Periodontol. 2023.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36935200/ - European Federation of Periodontology / World Heart Federation. Perio & Cardio – Scientific report.
https://www.efp.org/for-patients/gum-disease-general-health/scientific-consensus/scientific-report/
※本記事は、歯周病と心血管疾患に関する一般的な医学・歯学情報の提供を目的としています。心血管疾患の診断・治療については医師に、歯周病や口腔状態については歯科医師にご相談ください。
執筆・監修:歯科医師 毛利国安
PreBeau Oral Care